FC2ブログ



ウツになる前、前の旦那と3年間の別居を経てようやく離婚してシングルマザーだった。
小さな会社だったけどバリバリ仕事をしててキャリアウーマンと言えたかもしれない。
社長には一目置かれてたし。
周りのパートさんの目は痛かったけど(虐待してるらしいわよ、とか何とか言われてた)聞き流せば大したことじゃなかった。
娘ちゃん抱えて一人バリバリ仕事をして、残業しても保育園には間に合うように残業して、出来るだけ実家に迷惑かけないように出来るだけ一人で育てられるように頑張ってた。
仕事は功績が認められて、中古だけどマンションが買えるくらいの収入を得ることが出来て、これからも働くぞ~、って思っていた矢先だった。
祖母が脳梗塞で入院した。
最初は義理の叔母と叔母と母でかわりばんこに泊まり込んで看病してたんだけど、しわ寄せがこっちにも来た。
手伝ってほしいと言われたんだ。
こっちも仕事がある。母と違って正社員だ。
マンションも買ったばかりでローンも始まったばかり。
手伝うとなったら転職は免れない。
それでも母を見捨てることは出来ず、結局退職。
他の会社に移った。
勿論収入はがた落ち。
休めるのは休めるけど収入がきつかった。
助けてくれる人がいるわけでもなく(母の所も収入はいっぱいいっぱい)どんどん追い詰められていった。
夜はお酒を呑まなきゃ眠れないようになり、次の会社の環境も悪かった。
今の旦那さんに、朝から電話して「会社行きたくない」と泣いたこともあった。
そして旦那さんの勧めで心療内科を受診。
そこでうつ病と診断された。


リストカットが始まり、会社にいる時はフットカットをしてた。
もう自制が効く状態じゃなかった。
娘を育てるので精一杯。
娘も小学校に上がり、状況を多少理解できたのかママがおかしいとは思ってたようだ。
結局新しい職場は半年で辞めた。
そして今の旦那さんと再婚して関西に引っ越してきた。
環境が変わってまた状態は悪くなったけど。
旦那さんが大体はフォローしてくれた。
祖母は退院した後、ボケてしまい施設を転々としながら肺炎で病院で亡くなった。
その時の安堵感と開放感は忘れられない。
従弟たちは葬儀に出るって言ってたけど、私は仕方なく出たって感じで。
アンタがいなかったら人生もっと変わってたよ、とホントに恨み節だった。


ウツを発症して15年以上。
結局このまま死ぬまで行くのかなと思う今日この頃。
祖母だけは絶対に許すまいと思っている。
まぁ、これだけじゃなくて色々とあったからね。
ウツになって散々苦しんだけど、これからも苦しみは続くんだなぁ、と思うと早く死にたいと思うのは当然の至りではないかと。
苦しんでもいいから、早く死にたいなぁ。
バリバリのキャリアウーマンだったころが懐かしいよ。








スポンサーサイト



 2019_06_29


.+()クルッ( )クルッ(ω・。)クルッ(。・ω・。)ノ~~オハヨウゴザイマス♪
今日もあまり体調が良くないです。
溜息ばかり出ますね。
しょうがないんだけど何故にこんな病気にかかって長患いしてるのか、と情けなくなります。
私は祖母に精神的虐待を受けて育ちました。
それがココロの中に大きな棘となって刺さっています。
それは多分私が死ぬときまで消えないだろうと思います。
そんなの気にしないのよ、と母は言いました。
そんな母が私にとってその傷跡が大きいと言うことがわからないのだとがっかりしました。
祖母が亡くなった時、正直葬式に出るのは嫌でした。
いい子でいなければならなかった私は、黙って式に出席しました。
涙は出ませんでした。
ただ、娘の誕生日に祖母の命日が重なったことがとても苛立たしく、恨めしかった。
最後まで私に嫌がらせをして行くのかと、ムカつきました。
娘は、「伯父さんとか叔母さんとかお祖母ちゃんたちは〇〇(娘の名前)の誕生日は誕生日じゃなくて大きいお祖母ちゃん(娘は母をこう呼んでた)の命日なんだね」と淋しそうに言いました。
可哀想だけどそれが現実です。
祖母は何故娘の誕生日に逝ったのか。
恨めしくて仕方ありません。
最後の最後まで私に嫌がらせをして言った祖母。
今フラッシュバックで、祖母から受けた精神的虐待を思い出してしんどいです。
頓服は飲んだけど…効くまで時間がかかるでしょう。
朝からフラッシュバックで苦しいです。
何でこんな思いをしなくてはいけないのか。
祖母が生きていたら祖母に当たれるのに、もうそんなことも出来ない。
ただ黙って突如思い出すフラッシュバックに耐えるだけ。
しんどいです。


祖母と離れて暮らしていた時は祖母は可愛がってくれてました。
泊りに行って朝早くに起きたときは祖母の部屋に行って良く甘えたものです。
それが一緒に暮らすようになって豹変した祖母の態度。
とまどいました。
何故私だけ?と思いました。
弟は変わらず可愛がっていたからです。
私にだけ誰にも気付かれないように陰で甚振ってた祖母。
今なら反抗も出来るのに。
もうそれさえも出来ない。
死んでくれてすっきりした、とも思えず。
ただただ怨み辛みが残っているだけ。
この心の棘がもし抜けることがあったら、私は病気が少しでも良くなると思うのです。
まぁ、要因はそれだけじゃないので完全に良くなるとは思えないけど。
それでも少しは良くなると思うのですよ。


フラッシュバックが酷くなってきたので、今日はこの辺で。
変な話ですみませんでした。
ホントはこんなこと書く事ないんだけども捌け口として使わせてもらいました。
すみません。
でわ、また。
(´・ω・)ノ★*゚*゚+.゚вуe вуe゚+.゚☆*゚*






 2018_12_24


.+()クルッ( )クルッ(ω・。)クルッ(。・ω・。)ノ~~オハヨウゴザイマス♪
今朝はちょっと暖かいかな。
ワンコの散歩へ行って来て、そんなに寒さを感じませんでした。
天気は雨予報ですが、一応洗濯物を回してます。
終わったら干して、あとはのんべんだらりんとしています。
せっかくの休みですしね。


私と祖母はまだ父が生きてた時は良好でした。
母方の祖母のいる伯父の家に泊まりに行った時はとても可愛がってくれました。
でも父が亡くなって、祖母が言った言葉は哀れみでもなんでもなく
父が死んでショック状態の私にとどめを刺す一言でした。

「るな、あんたはお母さんが死んだらどこにも行くところがないんだよ。
○○ちゃん(弟)は、お父さんの親戚が引き取ってくれるけど
あんたは誰にも必要とされないから、野垂れ死しかないんだよ」

ショックでした。
父を失ってすぐに母も亡くなったら、自分は死ぬしかないんだと
言われたんです。
1年後、母が心臓を壊し、母の実家のそばに引っ越し、祖母と同居するようになって
それはエスカレートしていきました。
「いらない子のくせに」「穀潰し」…。
それは勿論母のいないところで行われ、母の知るところではなかったのですが、
私は「良い子」を演じることで、何とか母にも祖母にも気に入られようにしました。
でも祖母だけは無理でした。
初潮を迎えたとき、家には祖母しかいませんでした。
仕方なく祖母に打ち明けたところ、祖母は塩を持ってきて
「このご不浄者!」と言って私に塩をまいたんです。
呆気にとられました。
実はその数日前、近所に住む従姉妹に初潮があったんです。
その時はお裾分けのお赤飯を食べながら「良かったねぇ」と
ニコニコしてた祖母が、同じように初潮を迎えた私には
ご不浄者、と塩を投げたんです。
何も言えませんでした。
仕事から帰って来た母に初潮が来たことを告げて、
母は喜んでお赤飯を炊いてくれました。
でも私は祖母の態度からショックを受けてて。
それでも母にそんなことは言えないので
一生懸命「良い子」を演じ続けました。
どんなに祖母に嫌がらせを受けても、「良い子」の仮面を剥がなかった。
潜在的に捨てられたら嫌だ、という感情があったのは確かだったけれど
「良い子」でいなければいけないと思い込んでいた。
常に母の助けになり、母の盾になり、母を守って来た。
明るく前向きで、率先して何かをすることで「いい子」を演じてた。
早くに結婚したのは祖母から離れたかったという理由もある。
そして祖母が脳出血で倒れ、病院で認知症を発症し、家に帰って来なくなって
私は壊れた。
もう「良い子」を演じなくていい。
誰も私をいじめる人はいない。
娘だけを守る力だけがあればいい。
当時もう前夫とはわかれていたし、別れても実家には帰らず
独りで子育てしてた私は、祖母が倒れて間もなく心療内科に通うようになり
今に至ります。
祖母はもうとっくになくなりましたが、娘の誕生日に亡くなると言う最後の最期まで
私への嫌がらせをして死にました。
今も私は祖母を許すと言う心境には至ってません。
祖母がたったひとりで亡くなった、お寺さんに言っても備えられてたのは子供に
あげるようなお菓子だけで、火の守りも誰もしなかった、それだけで
少し溜飲が下がったような気がしました。
私と祖母との関係は「憎み合い」でした。
「愛」なんかないから「愛憎」とは言えません。
ホントにただの憎しみ合い。
もしもその中にひとかけらの「愛」があったのなら、少しは救われたかもしれないけど。
救われないのよね。
傷が深いのです。
まだまだ許すなんて境地に立てない。
多分、一生許す気にはならない。
そう思います。


は~、朝から語ってしまった。
長文失礼しましたm(__)m
何か気分が堕ちて来ちゃったな。
何か楽しいことでも思い出して気分を盛り上げませう。
10時か。
お昼ご飯の米をとがねば。
でわでわ。
(´・ω・)ノ★*゚*゚+.゚вуe вуe゚+.゚☆*゚*






 2017_12_24

色々と

Category: 生い立ち  

.+()クルッ( )クルッ(ω・。)クルッ(。・ω・。)ノ~~オハヨウゴザイマス♪
年末も近くなると、色々と忙しいですね。
ちょっと疲れてるので今日は何もしない日としてます。
今年もあと11日か。
短いな…。
1年なんてあっと言う間だよな~。
今年もあっという間に走り抜けるわ。
ふ~。
1年365日。
長いようで短いですな。


この時期メンタルの調子が悪くなります。
丁度、亡父が入院した時期なのです。
入院して1ヶ月ちょっとで逝ってしまった父。
未だに、父の日から立ち直れない自分がいます。
「死」と言うものが何なのかわからなかった子供のころ。
一番最初にぶつかった「死」が父だった。
訳の分からないものに突然叩きつけられたような衝撃。
いまでも鮮明に思い出せるあの時の現実。
私は初めて「死」と言うものを学び、
「死」は好きとか嫌いとか色んな感情そのものをそのまま奪い去っていく。
父がお骨になった時、私は「死んだら何もなくなるんだな」と感じた。
ショックで放心状態だった。
あの時の感情は今でもよく覚えてる。
死んだら何も残らない、記憶の中にしかいなくなる。
神様は何て残酷なんだろう。
ま、今でもその頃の感情は、整理しきれてないんですけどね。
だからウツウツするんです。
どうにか感情と理性を折り合いをつけようとするんですが
なかなか難しいですね…。
過去に折り合いをつけるのは出来ないのかもしれないけど。
でも自分で折り合いをつけないといつまでも引きずったままだし。
何とかしなければならないですね…。
30年以上もこんな嵐のような感情に振り回さるのだから
根強い感情だよねぇ、と思います。
命日を過ぎちゃえば、落ち着いてくるので、それまでは理性と感情の
衝突です。
凄く疲れるしウツウツするけど、仕方ないのかな。
来年になったら先生に相談しようと思います。


さて、そろそろお昼ですね。
昼食の用意をしなければ。
今日は娘が休みなので、手伝ってもらおうかな。
しんどいからそうしよう、っと。
でわでわ。
(´・ω・)ノ★*゚*゚+.゚вуe вуe゚+.゚☆*゚*







 2017_12_20


だーいぶ昔になりますが。
ちょっと生い立ちなんぞを語ってみたいと思います。
ダークな話なので、飛ばしてくださいね~。


私はある家庭の長女として生まれ、大変大切に育てられました。
父が亡くなるまでは。
父は私が8歳の時胃がんで亡くなりました。
勿論誰かが働かなければ食べていくことなどできないので、
世間知らずの母が働きに出ることになり。
家のことは出来ることだけ私がやってました。
洗濯物を入れたり畳んだり、弟(2つ違い)の面倒を見たり。
そして父の死と同時に始まったのが同級生の男の子たちによる
暴力のいじめでした。
それも忙しく働いてる母には言えず。
ただひたすら耐え、泣かないように唇をかみしめて家路につく毎日。
そして家事の手伝い。
私の生活は父の死によって一変しました。
父親っ子だった私は、「父の死」と言う精神的ショックが抜けきらないうちに
暴力と言う名のいじめを受け、自分の殻にこもるようになり、
どんどん感情を失っていきました。
弟も私につられたのか、感情表現は乏しくなっていきました。
兄弟で母を帰宅を待ってる時、会話はありませんでした。
ただぼーっとテレビを見つめていました。
壊れたマリオネットみたいに。
それはきっとはたから見たら、異常に感じたと思います。
遊びに来た伯父や従姉を見ても何も感じませんでした。
母がするのを真似してお湯を沸かし、お茶を出したのを覚えてます。
多分、その時伯父が限界だと思ったのでしょう。
母の実家近くに引っ越しを提案したのです。
母も慣れない仕事っで疲弊していました。
父が亡くなってたった1年で心臓を壊し、無理の出来ない身体になってました。
母も泣く泣く決断したんだと思います。
父が残した家。
離れたくなかったでしょう。
でも、自分の身体も限界で。
引っ越しをすることになりました。
だけど、父の死は始まりにすぎず、引っ越して尚、違う人からの虐待は続くのです。


なんて。
生い立ちを少し書いてみました。
また機会があったら書きたいと思います。
まだ自分でも消化して切れないこともあるので、文章がおかしくなってしまうかもしれませんが。
まぁ、じゃあまた今度ってことで。






 2017_12_11

10  « 2019_11 »  12

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

プロフィール

茶々丸

Author:茶々丸
当ブログを訪れて頂き、ありがとうございます。
るな改め茶々丸です。
るなは以前飼っていた猫でお星さまになってしまったので、今、可愛がってる茶々丸に変更したいと思います。
でも茶々丸は男の子だからか旦那さんの方が大好きです_l ̄l●lll

40代で、鬱、不安障害、強迫性障害、解離性健忘など精神を病んでます。
一応、既婚者。
とある事情により旦那さんには一緒に暮らしてないお子様が1人で成人済み。
でも戸籍上は初婚(笑)
私はバツ1再婚。
子供は1人で今の旦那さんとは養子関係。
成人済み。
旦那さんとの間には子供は作れませんでした(ノω・、) ウゥ・・・
旦那さんとはノミの夫婦で、15歳差の年の差婚です。
毎日無理しない程度に家事をこなしてます。
何もありませんがごゆるりとどうぞ。
出来れば最初に「初めまして」を読んでいただければと思います。
大したことは書いてないので読まなくても平気ですが(笑)
リンクフリーです。
こんなブログでもリンクしてくださる方がいたら、リンクしてください。
教えてくださったら相互リンクさせていただきます(よろしければですが…)
こちらから大変申し訳ないのですが読みたいブログとして目印に勝手にリンクさせていただく場合がございます。
そういうのを見たとき、不快な思いをされましたら遠慮なく申し付けください。
即刻削除させていただきます。

ブロ友も募集しております♡
こんな拙いブログでも「ブロ友になってあげるよ」と言う温かい心の持ち主がいらっしゃったら宜しくお願いしますm(__)m




よかったらポチッとお願いします。


トップブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 不安神経症へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 強迫性障害(強迫神経症)へ
にほんブログ村

カウンター

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR


B
A
C
K

T
O

T
O
P